牧場こぼれ話・2009

2009年2月1日 Best Luck by 飯田正剛  第2回

カーレス親子

昨年暮れの12月5日、カーレスが生後2ヶ月を迎えた男の仔と共に、アメリカ経由でオーストラリアのアローフィールド牧場に旅立って行きました。仔どもの父はディープインパクトです。

カーレスは2004年、ケンタッキー州キーンランドのジャニュアリー・セールで購入した繁殖です。実は前年の2003年、ピースオブワールドの母であるビバムールを亡くしてしまいました。そこで、どうしてもビバムールと同じカーリアンの牝馬を手に入れたいと思っていたのです。セールのたびに送られてくるキーンランドからのカタログ。1月のセールに行く予定はありませんでしたが、いつものようにカタログにはじっくりと目を通していたのです。そして見つけたのがカーレスでした。父カーリアン、母バージャー、母父リヴァーマン、そしてトリプティクの近親、という血統です。セリが行われているのは日本時間の夜中、もちろん実馬がどんなものなのか目にすることはできません。でも「この娘だ」と確信し、現地のエージェントに電話で指示。ベッドにごろりと寝転がり、カタログ片手にテレフォンショッピングです。そして幸運にも、予算より安く彼女を手に入れることができました。

その時、カーレスのお腹にはラーイの仔がいました。カーレスを買ったもうひとつの理由はそれです。その前年にもラーイの牝馬を生んでおり、その仔はイギリスで3勝を挙げています。しかし、千代田牧場で生まれたラーイの仔は、ロタウイルスが原因で死んでしまいました。

トーキートTawqeet/メルボルンC出走時

彼女は2頭のラーイの仔以外にも、ディープインパクトの牡馬を含め5頭の仔を生んでいます。そして、そのうちの1頭がトーキートです。2002年生まれの牡馬で父はキングマンボ。イギリスとオーストラリアで5勝を挙げ、2006年にはオーストラリアのG1,コーフィールドCで日本から挑戦したポップロックとデルタブルースを負かして優勝しました。そして、国民的行事としてその日は祭日になってしまうくらいすごいG1レース、メルボルンCで一番人気に押されたのです。

翌2007年7月、北海道でのセレクトセール。オーストラリアからアローフィールドの関係者が来日し、カーレスに熱烈なラブコールを送ってきたのです。その理由は産駒トーキートのオーストラリアでの活躍です。当時、種付け料が豪ドルで30万という(2008年は33万ドル)、言わばオーストラリアのサンデーサイレンスであるリダウッズチョイス(1996年生父デインヒル)をカーレスに付けさせてくれ、という申し出でした。その内容は、カーレスの所有はあくまで千代田牧場がキープし、種馬はリダウッズチョイス、そしてセールに上場された産駒の売却による収益は半々、つまりフォールシェアーという条件でした。千代田牧場としてはカーレスの新たな可能性と活躍を願い、アローフィールドからのオファーを受け入れたのです。

さて覚えてらっしゃいますか、あのインフルエンザ騒動? カーレスも実は、その影響を受けた1頭なのです。と言ってもインフルエンザに罹ったわけではありません。種付けを済ませ出発、到着したオーストラリアで出産する予定だったのですが、あの騒動のおかげで日本から出られなくなってしまいました。そこで、南半球用に種付けをして10月9日に出産、そして、生後たった2ヶ月という幼い仔を連れて飛行機に乗ることになったのです。

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今頃カーレスは、ディープインパクトのがっしりとした男の仔と、オーストラリアでのんびりしているはずです。来年のセリにはその仔が上場され、トーキートの母カーレスの仔として評価を受けることになります。どんなオーナーに求められて、どこで競走するのか。また、カーレスはこの先、どんな仔を生むのか?

カーレスカーレス
カーレス2008カーレス2008

私はもう、これまでのようにカーレスの配合相手を決めるといった立場にはありませんが、彼女は依然、千代田牧場の大切な繁殖牝馬です。とは言え、彼女が日本に戻ってくることはないでしょう。ちょっと寂しい気がしますが、女の仔が生まれたら、その仔が千代田牧場にやってくる可能性は大いにあります。どんな牝馬なのか、今から楽しみです。が、実はカーレス、内に秘めた能力は高いのですが、見た目は地味、どちらかと言えばぱっとしない馬なのです。おとなしくて普通の繁殖、というのが正直な感想かな。・・・能ある鷹は爪を隠す、でしょうか。