牧場こぼれ話・2009
2009年3月2日 Best Luck by 飯田正剛 第3回 | |
毎年9月にはキーンランドのセリに出かけています。昨年はちょうどアメリカ大統領選挙の真最中で、連日TVではオバマかマケインかの話題ばかり。・・・と言いたいところなのですが、ケンタッキー州はどちらかといえば保守的で共和党支持者が多く、マケイン一色、オバマのことはあえて話題にしていなかったのです。そんな雰囲気のなか、セール会場であるキーンランド競馬場へ向かう途中、“私はオバマを信じている”というステッカーを貼った車を見かけました。“へえ、勇気あるねえ”と感心したことを、オバマ大統領の顔を見ると思い出します。そしてオバマさんには何としてもがんばっていただきたい。私の牝馬たちのためにもアメリカには元気でいて欲しいのです。 さて、そんな年のセールでミリオンギフトの牝馬(2007.3.7生。父A.P.インディー)が80万ドルで落札されました。ミリオンギフトはアメリカにいる私の繁殖牝馬です。 千代田牧場の牝馬たちを初めて海外に送ったのは1991年。イギリスのニューマーケットにある牧場、チェヴァリーパークでした。タレンティドガール、ブレイブウーマンそしてリーディングロウルの3頭です。チェヴァリーパークはイギリスで最も歴史のある美しい牧場です。この牧場の名前を冠したレース、翌年の1000ギニーを狙う2歳牝馬が、短距離女王の栄冠を賭けて戦うチェヴァリーパークSは、なんと1899年に創設されました。そして1996年のシンザン記念優勝馬ゼネラリストはこの牧場の生産馬です。同じ年、イギリスでナンソープSを勝ったチャンピオンスプリンターであるピヴォタルは、現在、世界的な種馬としてこの牧場に繋用されています。ちなみに今年の種付け料は65,000ポンド、約900万円です。 チェヴァリーパークは広大な敷地を誇る実に美しい牧場でした。その長い生産の歴史は1千年を超えます。牝馬たちを訪ねた私を歓迎してくれ、16世紀の建物が残る美しい施設内を、オーナーのクリス・リチャードソンが案内してくれたのを思い出します。その後も彼とはキーンランドのセールで顔を合わせることもあり、3頭の牝馬から始まった交流は続いています。 タレンティドガールはエミネントガール(父ナシュワン)とソヴィエトスターの仔テリフィックを、リーディングロウルはウォーニングの仔アンコールステージを、ブレイブウーマンはマキャベリアンとの間にコクトジュリアンを、とそれぞれ立派な子どもたちを生んでくれました。海外へ彼女たちを送った成果は大いにあったと言えます。 その後、ヨーロッパで馬を購入することはあっても、牝馬を滞在させたことはありません。現在は、種馬のヴァリエーションがあり、産駒の将来の可能性もより広がる、という判断からアメリカに繁殖をおいています。 そのきっかけとなったのはミリオンギフトです。話は母馬から始まります。シンコーファームの安田社長は1995年、キーンランドのノベンバーセールでニジンスキーの仔であり、スカイビューティーや祖母としてプレザントホームといった重賞勝ち馬を送り出しているメイプルジンスキーを、当時としては破格の値段270万ドルで競り落としました(今だったら1000万ドル相当かな!?)。セリ会場は大きな拍手に包まれたのです。実はそこに私も同席していました。メイプルジンスキーはその後1997、1998と2年続けてサンデーサイレンスの牝馬を生み、下の仔を千代田牧場が手に入れたのです。'97年生まれの仔サイレンスビューティはアイルランドへ送られましたが、競走馬としては大成しませんでした。しかしその血統への評価から、キーンランドのセールに上場されると100万ドルという値段がついたのです。そして彼女の産駒、テイルオブエカティーはアメリカでG1を2勝、ケンタッキー・ダービーで4着という成績を残しました。これだけの世界的血統です、どうしても欲しかったのです。ですから値段は姉サイレンスビューティと同じくミリオンと高くつきましたが、我々にとっては大きなギフトでもありました。 競走馬としては2戦して未勝利に終わりました。繁殖になった彼女に、どうしてもA.P.インディーを付けたかったのです。ですからアメリカに送り出しました。2002年のことです。翌2003年に彼女はA.P.インディーの牡馬を生み、その子は翌年のセプテンバーセールに上場されミリオンダラーで落札されたのです。やった、といった瞬間でした。実績のない繁殖の仔にミリオンです。購入者が種馬としての価値、と言ってくれたのがなおさらうれしく心に残りました。しかし翌年のセール会場で、その仔が事故で死んでしまったことを知らされました。 2006年にもA.P.インディーの仔が生まれました。この仔は牝馬で、このホームページの馬名募集に応募してくれたたくさんの名前の中から、ミリオンセラーと名付けられ、現在初勝利を目指してアメリカでがんばっています。デビューから2着2回、前走は初めてのオールウエザートラックに苦戦。次は何とかなるだろう、と願っているところです。 さて、競馬の世界は一昔前に比べれば小さくなりました。今や、世界の競馬場の番組を見比べてレースを選ぶ、に近いところまできています。私もこれまで以上に大きな視野に立ち、頭と心を柔軟に、活躍のフィールドは世界なのだと心して、千代田牧場を応援してくださるオーナーやファンの皆様のためにがんばろうと思います。ですから、世界的不況だからと顔をしかめずに、元気で明るく毎日を過ごしましょう。 最後に、イギリスに行った3頭の牝馬はすでにこの世にいません。“お母さんたち”のページにタレンティドガールとブレイブウーマンのことは載っていますので、どうぞ読んでください。リーディングロウルについては、いつか書く機会もあると思います。 海外の馬たちやセールのことは、これからもお伝えしていきたいと思います。馬と重なる世界情勢、例えば3頭の牝馬がイギリスに行ったのは、湾岸戦争で多国籍軍がイラク軍にミサイル攻撃を開始した日だったとか。同時多発テロ9.11のときにキーンランドのセリ場にいたとか。そしてその時に買った馬は、ドキドキしたからハートオンウェ−ブと名前を付けたとか。 ピースオブワールドも平和な世の中になるようにとの願いがこめられています(本当はピースオブザワールドが正しいのですが、10文字になってしまうのでだめでした)。 世界中の人が競馬を楽しむためには、平和な世の中でなければいけませんよね。 |