牧場こぼれ話・2009
2009年10月1日 Best Luck by 飯田正剛 第10回 | |||||
「まるでミルクをこぼしたみたいな模様だね」 キーンランドの厩舎でその牝馬の写真を撮ったのが去年の9月のこと。今は日本で、デビューに向け順調に調整されています。 彼女の名前はソングオブプライズ。ジャイアンツコーズウェイを父に持つ、栗毛の立派な女の仔です。チャームポイントは体の左側にある白い模様。それがまるで“こぼれたミルク”みたいに見えるのです。そんな女の仔の物語は、母であるトロカを手に入れた、そのときから始まりました。 9月の暑さが嘘のように、キーンランドの11月は冷え込みます。その年も、寒さ対策を万全にしてセールへと向かいました。 当歳から現役競走馬まで、何でも出てくるのがノベンバーセール。私にとっては優秀な繁殖牝馬を見つける場です。そこで2006年に私の目に留まったのがトロカ(Toroca)でした。1998年生まれの栗毛。形はもちろんですが、父ヌレエフ、母父オジジアンという血統に惹かれました。アメリカ生まれで、競走はヨーロッパ。アイルランドとイタリアで2勝し、イギリスのGTチヴァリーパークSを2着、1000ギニーは3着、愛1000ギニーでも3着に入った立派な成績も魅力でした。 さあ、負けられないぞ、と思いながら臨んだセリは、気がつけば、100万ドルを超えたところで残ったのは、私を含む日本人バイヤー3名でした。 10年前、100万ドルを超える馬を競って買えなかったとき、おふくろに「絵に描いた餅の話は聞きたくない。このボンクラ息子!」と言われたことがあります。 今回はそうはいきません。ここは意地の張り合い。相手も同じ気持ちでしょうが、私も一歩も引きませんでした。 最後の一声。私がトロカを落とした瞬間、勝ったという思いに嬉しさが込み上げました。その晩のお酒はもちろん格別の味。おふくろも喜んでくれました。 トロカはその後、レキシントンのテイラーメイドファームに預け、今もそこで元気に過ごしています。昨年もジャイアンツコーズウェイの女の仔を生み、当歳は父がブルーグラスキャットですが、やはり女の仔。そして今年の相手はバーナディーニ(Bernardini)。おなかにいるのは男の仔です。 そのトロカの初仔が2007年4月23日に誕生した冒頭の女の仔ソングオブプライズです。
つづく・・・ * * * * * * * * * 〜 近走つれづれ 〜 9月27日、日曜日、阪神競馬場でのパドックでのことです。白井寿昭調教師から「生産馬が出走する新馬戦を観戦するのってどんな気分?」と声をかけられました。その答えは、「よくぞここまで来たなという万感の思いと同時に、ホッとした気分です」。新聞に印が付いていれば、それなりに期待もするし、夢も見ます。この週は土日とも阪神競馬場に行き、生産馬たちの活躍を見守りました。土曜日の第4レースの新馬戦には、ランブリングローズと名付けられた牝馬が出走しました。栗東・藤岡健一厩舎所属、父アグネスデジタル、母ホシノキンカ、オーナーは草野仁さん。 テレビや取材の仕事に多忙を極める毎日にもかかわらず、その日は阪神競馬場にいらっしゃいました。「8月中旬に函館に入厩して、ゲート試験に合格し、こうして何事もなく1ヶ月半でデビューできることが何よりです」とおっしゃる草野さん。藤岡師から「二の脚が早いから何とかなります」と聞いていたので、私も草野さんとともに、期待を持ってレースを見守りました。まあ、何と言われようと、結局は“大きな期待”に胸をときめかせながらレースを見るのがオーナーであり、生産者なんですね・・・。 単勝オッズ7.6倍の3番人気も、レースは藤岡調教師・ジョッキー親子のコメントを裏切り10頭立ての最後方を進む展開に。4コーナーで馬群に取り付き、前が開けたところで脚を伸ばしたのですが、及ばずの6着でした。 さすがにレース直後の草野さんの表情には硬く険しいものがありましたが、お帰りになるときには「上がりタイムが最速でしたから」と納得されたご様子で、こちらもほっと一息。 生まれ落ちてからこの日まで、数え切れない人間が愛しみ、そしてチャンピオンになれるよう持てる技術の全てを注ぎ込んできた仔たち。オーナーの夢、生産者の夢、ファンの夢を背負って走ります。その夢を最後に託すのがジョッキーたち。 「佑介、頼むぞ!」と思わず力が入ります。 しかし現実は厳しい。5着以内に入らなければ次走の出走もままならず、運次第では除外になるなどなどその他いろいろ。しかしそのような困難も馬という美しい生き物の魅力には及ばず、勝ったり負けたりがやめられません。今年もすでに、千代田牧場の馬たちは25頭がデビューを果たしています。どうぞ皆様、応援よろしくお願い致します。 * * * * * * * * * トロカの仔も、そう遠くない時期にデビューするでしょう。彼女が「名馬物語」のヒロインになれるよう・・・さあて、神に祈ることにしようかな。 |