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2013 #9

1歳馬たちも始動……馴致って格闘技!?

 この夏の異常気象、皆様無事に乗り越えられたでしょうか?
 7月、8月と続いたセリも一段落。いよいよ1歳馬たちの馴致が始まります。当場では例年お盆過ぎから開始しています。ここでいう馴致とは、騎乗馴致(ブレーキング、乗り馴らしとも)のことで、人を乗せてその指示に従うことを教える競走馬への第1歩です。

 今年も早生まれの牡馬から、まず10頭の馴致に取りかかりました。 当場の方法を簡単に説明すると、
 えりあげ→ロンジング→ドライビング→馬房内騎乗→丸馬場騎乗→馬場入り
となります。

1. えりあげ(結上げ)
 レース中の鞍やゼッケンなどを固定する腹帯に慣れさせるために、背中に毛布(クッションの代わり)を敷き、鞍の形をしたダルマゼッケンを置いて、レース用の腹帯の倍ほどの幅のある帯でお腹を締め上げます。まずは馬房の中で慣れさせ、そのままウォーキングマシンで運動させたりもします。 初めてのことに驚いて跳ね上がる馬もいます。ですが、当場の馬たちは生まれたときから、昼夜放牧の間でさえも、お腹などの敏感な部分も含め、多くのスタッフに触れられているため、それほど暴れることはありません。広い意味では、生まれたときから馴致が始まっているのです。

2. ロンジング
  ロンギ場と呼ばれる周囲が見えないように高い壁に囲まれた丸い馬場で、結上げをした状態で、調馬索を付けて周回させます。

3. ドライビング
  2本の調馬索を使って、実際に手綱で操作するように、馬の後方から正しいハミ受けを覚えさせます。人との主従関係を理解し、発進・停止などの指示に従うことを教えます。

4. 馬房内騎乗
  馬房の中で鞍を着け、その上に人が上体を乗せて負荷をかけます。馬が背中の負荷に慣れ、リラックスしてきたら、跨って騎乗姿勢をとり、馬房内をゆっくり歩かせます。

5. 丸馬場騎乗
  ロンギ場で騎乗します。初めは脇に人が付き添いますが、慣れてきたら離れ、騎乗者だけの指示で運動ができるようにします。前後に馬がいることにも慣れるよう数頭で運動させます。

6. 馬場入り
  馴致開始後4日でいよいよ1000mトラックへ。隊列を組んで、まっすぐに並歩や速歩ができるように練習します。ダク、ハッキング、キャンターと段階を踏みますが、初期の段階から必ず最後にゲートを通します。素直に言うことを聞かない子、後ずさりしてしまう子などいろいろいますが、そんなときには2歳のお兄さん、お姉さんがリードホースとしてお手伝いします。

 この時期にある程度、各馬の性格が出ますね。例えば現3歳のタイセイドリーム。馬場入りしたばかりで、初めて課される運動量に他の馬はバテてお疲れモードの中、1頭平然と余裕の顔で運動をこなしていました。「これは大物だ!」と思ったのですが、頭がいいんでしょうね。競馬では終始能力を出し切らずに遊んでいる模様・・・。500万下で2着が続く小牧太騎手の話では「まだまだ伸び代があるんやけど・・・」とのことでした。
 今年の2歳の馴致段階からの大物はゴールドレインズ(牡 父ステイゴールド 母テイクザレインズ)。頭が非常に良く、歩様がとてもきれいでバネが違う、とはスタッフ談。すでに二ノ宮厩舎に入厩し、ゲート試験に合格しています。デビューが楽しみです。

 騎乗馴致の他にも、馬運車に乗ること、障害物を跨ぐことなどを教えることはたくさんあります。馬運車に乗れなければ、美浦にも栗東にも行けません。輸送に弱い馬は競馬でも不利です。当場では離乳と同時に静内の本場から新冠の分場に移ります。その後もカントリー分場など数ヶ所の昼夜放牧の場を移動するため、大方の馬は馬運車での移動に慣れており、スムーズに乗ってくれます。また、馬房の出入り口に横木を置いて、出入りの際に必ず跨がせるようにしています。馬場では障害用の横木を2本、3本と増やしていき、歩いて跨いだり、飛び越えることを覚えさせます。

 最近はトレセンでの調教技術同様、馴致の技術も向上していますが、昔は大変でした。まさに馬との格闘技だったのです。私が20代後半の頃・・・その頃の騎乗者の装備というと、ヘルメットのみでプロテクターなどない時代でした(今考えると恐ろしいですね)。ロンギ場といっても、現在のように周囲を高い壁で囲われていて馬と人が1対1で向き合える状態ではなく、普通の柵で囲っただけの直径16mほどの丸い馬場でした。砂を深くして馬を周回させ、バテたところで人が跨ります。疲れていても、馬は必死で人を振り落とそうとします。一方、乗り手は馬のクビにまいたロープ(我々は命綱と呼んでいました)につかまって、落ちないように必死でした。まさにロデオです。

一度、浦河の名門牧場からビゼンニシキの牡馬を預かったことがありました。私も血気盛んな年頃。必死でくらいつきましたが、振り落とされて後肢で顔面を強打されました。すぐに静内の病院に行くと、
「うちでは治せないので苫小牧の病院に行って下さい」
と、渡された診断書には「鼻骨骨折の疑い、全治1ヶ月」とありました。翌日、苫小牧の病院に行く頃には目は腫れ上がり、顔全体も紫色でパンパンに。
「もとの顔が分かる写真はありますか?」というので、運転免許証を見せました。
すると先生、「いい男じゃない」と言って、横になった私に跨ると、2本の棒を鼻に挿してグーッと持ち上げるのです。「ギャー」などというものではありません。痛いこと痛いこと。その上、「だめだ、治らない」って。・・・以来、私の鼻は左に曲がっています。その頃から私の性格も曲がったと思われますが・・・それ以前から曲がっていたという説や、曲がっているのではなく真っ直ぐに突進しすぎるのだという説も・・・。

 1頭の馬がデビューするまで、一筋縄では行きませんが、馬とスタッフの安全に最大限の注意を払いながら、無事に厩舎に送り出せるよう努力しています。馬場入りまでスピーディに騎乗馴致が進むのも、入厩後早々とゲート試験に合格できるのも、その馬が生まれた時からきちんと馴致が行われているからなのです。さらには、その馬の母や兄姉のことを知っているからこそできる対応、それが総合牧場の強みです。

 秋を迎え、2歳馬たちが続々とデビューしていきます。馴致の場面などを想像しながら、2歳馬たちのレースぶりを応援して頂けたらと思います。


育成馬に跨る23歳の頃の私(57kg)。
馬はタケワカクサ(牡 父エリモシブレー)
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